2026/10/27 11:11
遠くの自然を一冊に
傘を広げた姿だけでなく、枝のように分かれたり、器のようにくぼんだり。古い菌類図版には、「きのこ」という言葉から思い浮かべる姿よりも、ずっと多様な形が並んでいます。
REFOLIOでご紹介しているのは、M・C・クックの『Handbook of Australian Fungi』に収められた図版。1892年、ロンドンのWilliams and Norgateから刊行された、オーストラリアの菌類を扱う書籍です。
その出版は、すんなり決まったわけではありません。クックは序文で、現地の出版社が事業上のリスクを引き受けず、長く求められていた本が実現しなかったと記しています。刊行を支えたのは、当時のヴィクトリアやニューサウスウェールズなど、五つの植民地政府の協力でした。
観察を伝える図
『Handbook of Australian Fungi』(1892年)PL3・図16の部分。本のもとになったのは、それまでの研究と、各地の採集者たちから届いた標本です。現地で集め、英国へ送り、調べて記録する。その連携の中から一冊が生まれました。
ただ、乾燥したきのこだけでは、もとの姿を十分に知ることができません。クック自身、保存状態や情報の不足が同定を難しくすることを認め、色を写した図、正確な断面、観察のメモが大切だと述べています。図版にも、全体の姿に加えて細部や断面が描き添えられています。
そんな背景を知ると、画面の小さな図にも目が向きます。大きな形を眺めたあと、脇に添えられた線や点をたどる。美しいと思った一枚が、何を伝えるための絵だったのかを考える楽しさもあります。
一枚から広がる眺め
たとえばPL12では、枝分かれする大きな姿のまわりに、くぼんだ形や小さな粒、細い線が配されています。茶や黄の濃淡を追っていると、ひとつの紙面の中にも、さまざまな表情があることに気づきます。図版の技法は、多色刷り石版画(クロモリトグラフ)とみられます。
飾るときは、少し離れて全体を眺められ、近づけば細部も見られる場所へ。書棚のそばや机の近くなら、本を開くような気持ちで、ときどき見直せそうです。数枚を並べる場合も、同じ形をそろえるだけでなく、傘のある姿と枝分かれした姿を組み合わせると、それぞれの違いが見えてきます。
名前をすべて覚えなくても、まずは気になった形から。130年以上前の人々が知ろうとした自然を、今の暮らしの中でゆっくり眺める。古い図版には、そんな付き合い方もよく似合います。
※本記事は歴史資料と鑑賞のご案内です。図版を、きのこの食用・毒性の判断には使用しないでください。
参考資料
Cooke『Handbook of Australian Fungi』原著序文(ANBG転記)
ANBG 図版解説
